字幕ほにゃく犬のダラダラほにゃく日記

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西ドイツの再軍備と映画

 「<戦争責任>とは何か」の本に衝撃を受けっぱなし。国防軍の負の面を公表することになった「絶滅戦争・国防軍の犯罪 1941ー1944」展に対し、シュミット元首相が「ナチの親衛隊と一緒にするな(# ゚Д゚)」的なことを新聞で語ったとか、ヴァイツゼッカー元大統領もインタビューで「十把ひとからげにするのはよくない」と言ったとか、もうビックリの内容ばかり。特にシュミットさんは、日本の戦後処理について辛口の発言を幾度も繰り返していただけに、この言葉をどうとらえたらよいのやら。ううう…。出典も明示されているので(いずれも一流紙)機会があったら原文を読んでみたい。そして前後もきちんと読まなきゃ分からない部分もある。いずれにしても「悪いのはナチで、国防軍はクリーンだった」説は根強かったんだろうなぁ。1955年に西ドイツが連邦軍を創設して再軍備に踏み切ったということも大きかったんだろう。冷戦はそれくらい彼らにとって恐ろしかったんだと思う。なにしろ東西の最前線だから。

 

 そこで指摘されていたのが、映画の役割。1955年前後に数多くの戦争映画が作られたのは私も知っている。日本でもリアルタイムで公開されていたらしい。字幕が古いため、21世紀に入ると新訳をつけて一挙にDVD化された。私も何本か担当したのでよく覚えている。基本は反戦だけど、決して暗くない。最も有名で、最も大きな成功を収めたのが「08/15」三部作。軍隊生活を送る青年たちが主人公だけど、友情あり、恋愛あり、ケンカあり…。テンポもよく、確かに面白い。しかーし。ウィキを見て、ギョギョ!となったので備忘録を兼ねて引用させてください。

 

ドイツ語の原作本について、Wiki より引用:

Boykottaufruf[Bearbeiten | Quelltext bearbeiten]


 
MG 08/15

Viele Buchhändler boykottierten Buch und Autor, weil Franz Josef Strauß, damals Bundesminister für besondere Aufgaben der Regierung Adenauer, dies anregte. 08/15 passte nicht zu seiner Vorstellung, dass die Bundeswehr die Tradition der Wehrmacht fortsetzen solle. Im Übrigen waren Strauß und Kirst einander in heftiger persönlicher Abneigung verbunden, seit beide ihren Dienst als Oberleutnant im oberbayerischen Altenstadt verrichtet hatten.[1][2][3][4] Und obwohl viele Buchhändler das Buch nicht im Sortiment führten, wurde es 1954 zum Bestseller.

Kirst stellte seinen Gefreiten Asch (das „r“ wurde absichtlich entfernt) als Soldaten Schwejk des Nachkriegsdeutschlands vor. Als cleveren Soldaten, welcher seine Vorgesetzten austrickste, um dem stupiden Drill (Kirsts 08/15) und dem entwürdigenden Schleifen auf dem Kasernenhof zu entgehen.

1954 debattierte Deutschland kontrovers über die von Adenauer vorangetriebene Wiederbewaffnung durch das Schüren von Ängsten vor einem drohenden Krieg, und die Trilogie wurde zum Symbol für den Widerstand gegen die Remilitarisierung.

(引用終わり)

 

原作本について、ウィキより引用:

『作は終戦直後、ナチズムの信奉者であったとの誹謗によって9ヶ月間米軍収容所に収監された作者の、敗戦後まだ10年を経過していない時点でのドイツの戦後に対する思いが現れている。敵役の二人の将校はいわゆるナチスの代表である親衛隊将校でなく「親衛隊とは異なる真の愛国者たち」と賞賛される国防軍の将校であり、米軍は犯罪者と抵抗運動者を誤認し、大尉まで登り詰めたシュルツの妻は新しい支配者に媚を売る。三部作の中で最もシニカルな筆致で書かれているのが本作である。1955年この作品が映画化された時、敵役の二人の将校はSD(親衛隊保安部)の将校に変えられていた。再軍備=ドイツ連邦軍の創設に当たって旧国防軍に対する配慮があったものと思われる。』(引用終わり)

 

 

 連邦軍を創設するにあたり、ナチ時代の国防軍の名誉回復は欠かせなかった。ホロコーストも、周辺諸国での残虐行為も悪いのはすべてナチ。国防軍はナチの支配下にありながらも正義感は持ち続けていた。この説(もはや信念?)を守るためにも、国防軍や、その軍隊生活をヒドイ状態で描くことは許されなかったんだろうなぁ。原作本は読んでいないので原作者が伝えたいことが分からず、残念。原作も映画も大ヒットしたとの話だけど、原作者はどういう思いだったんだろう。

 

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