字幕ほにゃく犬のダラダラほにゃく日記

字幕ほにゃく犬の日常をぐだぐだと書いています

Die Kirche in der DDR und ihre Rolle beim Mauerfall

 一昨日の夜、上智大学で開催されたリースナー先生の講演を聴いてきた!すっごく面白かった!!

 

 旧東独のことについては一通り知っていたつもりだったけど、単なる思い込みだったということを痛感。お恥ずかしや〜〜💦 実は何も知らなかったんだなぁ…

 

 共産党が教会を冷遇したのは知っていたし、教会もずいぶん縮小していたというのも聞いていた。だけど具体的なエピソードも交えた話を聞くと、よりリアルに当時の状況が伝わってくる。教会税の負担を避けて多くの人たちが教会から抜けてしまったとの話。1949年の建国当時は90%が教会に所属していたけれど、1989年の壁崩壊前は30%にまで落ち込んだとのこと。だけど教会もただ手をこまねいていたわけではなかった模様。今回私が初めて知った言葉 "Kirchenasyl"。Kirche は教会、Asyl は庇護とか保護、避難所といった意味。教会へ”避難”すれば、そこは安全地帯。暴力さえ振るわなければ逮捕されることはなかったとのこと。だから体制に疑問を持つ人、民主化を進めようと考えている人たちは教会に集まっていろいろ話し合ったそうだ。

 

 東独の民主化運動と聞くと、ライプチヒのニコライ教会やベルリンのゲッセマネ教会を思い浮かべるのだけど、実は1989年の民主化運動より前からその萌芽が教会で見られたとの話。Harald Bretschneider(ハラルト・ブレートシュナイダー)牧師は軍備増強に危機感を抱き、Schwerter zu Pflugscharen (直訳:剣から鍬の刃へ、武力を使わずに平和を、の意味だそう)とのスローガンの下で平和運動を行ったらしい。1982年にドレスデンの聖十字教会で Forum Frieden (フォーラム“平和”)という集会を呼びかけたとのこと。これが後の民主化運動に直接つながったかどうかまでは、私の勉強不足で分からないのだけど、大勢の人を公に集めたということで注目すべき出来事だったのだろう。何しろ教会は ein Dorn im Auge (邪魔な存在)。その教会が国の政策に疑問を呈し、人々を集めるのは由々しき事態だったに違いない。

 

 それ以外にもいろいろ中身の濃い話を伺って面白かった。キーワードもメモしたので、それも改めてご紹介させてくださいっ とりあえずお仕事に戻らなきゃ=3=3=3

 

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 会場でドイツ&ブログつながりの方にもお会いできて嬉しかった♪ その方が、会場に来ていた別の学生さんたちとつながりがあることも分かり、驚いたり喜んだり。

 

 しかも口を開けたまま上を向いていたら、ぽーん♪ と激ウマぼたもちが棚から落ちてきた!うん、口は開けっ放しにしておくに限る。こうしてぼたもちが落ちてくるから。うっしっし。ジュルジュル。

 

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いやしいワタシは、帰ったらいきなりムシャムシャ…。ありがとうございました♡

 

 

ほにゃく犬の棚ぼた話(わらしべ話ともいふ)はまだ続く…