字幕ほにゃく犬のダラダラほにゃく日記

字幕ほにゃく犬の日常をぐだぐだと書いています

なぜドイツはイスラエル支持一辺倒なのか…

 もうずっとモヤモヤしていること。ドイツはホロコーストという負の過去に対し、真摯に向き合ってきた。その姿勢には心から敬意を表したい。だけど、迫害された当時のユダヤ人と、今のネタニヤフやイスラエル人は同一ではないと私は思ってしまう。だけどメルケルさんが「イスラエルの安全を守ることはドイツの国是だ」と言ったように、ドイツはそれに凝り固まってしまっているような気がする。

 

 一昨日、藤原辰史先生の記事を拝読して、心から納得した。もしこの問題にご興味がおありだったら是非!

 

www.chosyu-journal.jp

 

 

この本(↓)も昨年末に購入し、途中まで読んだ。後半も早く読みたいのだけど、ちょっと今はお仕事がキツキツで難しい。次の週末に読むぞ!

 

       



 

 

 

帰りにケーペニックで途中下車

 フランクフルト・アン・デア・オーダーへ行く時に気づいたのだけど、私が乗った路線は「ケーペニックの大佐」で知られる「ケーペニック」駅も通る。電車のチケットは24時間有効というもの。よっしゃ!帰りに途中下車するぞー。

 

 

 雪が降って路面が凍結しているのに、ワタシもよくやるなぁと苦笑いしつつ、滞在時間が短いと燃えるタチ。できるだけ効率的に歩いて短い時間でもたくさん見られるように計画するのが好きなのであ~る。基本的にせっかちなので、セコセコ動き回るのが性に合っていたりする。

 

 

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 さて、ケーペニック駅に着いた。噂によると、市庁舎に大尉の像があるらしい。「ケーペニックの大尉」ってナンジャラホイ?横着して、ウィキから引用しちゃうよ~。

 

====(以下、引用いたします)=====

フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォークト(Friedrich Wilhelm Voigt, 1849年2月13日 - 1922年1月3日)は、ドイツの靴職人、詐欺師。彼が起こした詐欺事件からケーペニックの大尉(Hauptmann von Köpenick)の通称でも知られる。1906年10月16日、古着屋で購入した陸軍大尉の制服を着用したフォークトは、本物の陸軍部隊を率いてベルリン郊外・ケーペニック(現在はベルリンに編入)の市庁舎を襲撃、市長らを逮捕した上、4,000マルクを盗み出した。(中略)

事件後、「ケーペニックの大尉」は何度も舞台劇や映画の題材となり、ドイツ語では同種の詐欺を指す「ケーペニキアーデ」(Köpenickiade)という言い回しが生まれた。

===========================

 

 ドイツに限らずだけど、人間は権威に弱い。そして制服はその権威の象徴。だから制服を見ただけで、「偉い人だ」と信じ込んで権威にひれ伏してしまうというのは、実はとてもありがちなこと。この詐欺事件って人間の弱いところを突いているように思う。

 

 その市庁舎は、駅から少し離れているらしい。駅のインフォーメーションで教えてもらい、バスに乗って町中へ…

 

 

 あった!立派な市庁舎だ!雪雲で暗いために夕方に見えるけれど、まだ午後2時くらい。(14日追記:私の記憶がごっちゃになっていた。。。市庁舎の時計を見たら、15時20分ではないか~汗)

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 その入り口に大佐…もとい、偽大佐が立っていた。なぜか足がない。

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 せっかくだからと思って市庁舎の中にも入ってみたらとても趣ある建物で、一室が展示室になっていた。ついでにトイレもお借りしよう。市役所の職員さんが何人かそれぞれの執務室から出てきたのだけど、勝手に侵入してウロウロしている私にニコッと笑いかけてくれる。観光客も多いのかな。

 


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 時間も押しているので、滞在時間わずか15分で再びバスに乗り、駅に戻った。慌ただしかったけれど、面白かった!ああ、充実した半日を過ごせて幸せだー。

 

 …予定どおり、午後3時過ぎにはベルリンの中心地へ。

(14日追記:これも私の記憶違い。ケーペニックの市庁舎にいたのは3時20分頃だったわけだから、ベルリンの中心地に戻ったのは午後4時半くらいのハズ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

フランクフルト・アン・デア・オーダーへ

 ベルリン滞在4日目。この日の上映は午後3時から。午前中が空いてる!ということで、前から一度行ってみたかったフランクフルト・アン・デア・オーダーへ行こうと思い立った。本当はロストックとかシュトラールズントといったバルト海沿岸の町に行きたかったのだけど、ちょっと遠い。フランクフルト・アン・デア・オーダーなら中央駅まで所要時間は1時間13分だって。うん、これなら大丈夫そうだ。

 

 しかーし。この日は朝から雪だった。ジーンズの下には再びユニクロのヒートテック。セーターの下にも友人から贈ってもらったカシミヤの下着とヒートテックを着こみ、中身のないサンドイッチ(ハムとチーズはカラスに持ってかれたまま笑)をリュックに詰め、いざ出発。

 

 滞在したホテルが旧東ベルリンに位置していたため、東に行くにはとても便利。この日は遅延もなく、スムーズに目的地へ… なぜフランクフルト・アン・デア・オーダーに行きたかったかというと、この町は私が好きなアンドレアス・ドレーゼン監督の出世作「Halbe Treppe (階段の途中で、2002年)」の舞台だったから。この監督の作品はあまり日本では一般公開されていないのだけれど、「ミセス・クルナスVSジョージ・W・ブッシュ」は数年前に公開された。「Halbe Treppe」は20年以上前にゲーテ・インスティトゥート主催の「HORIZONTE」というドイツ映画特集で上映された作品。その時から、あのなんとも言えない独特の雰囲気 ― 監督は東ドイツ出身だということが大きいと思う ― に惹かれた。

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 さて、電車で駅に着くとインフォーメーションで市内への行き方を聞いた。駅前にバスターミナルがあり、それに乗ればすぐだと。私が乗るべきバスの終点はポーランドの地名!運転手さんに聞いたら、オーデル川を越えてポーランドに行くのだと。よし!これに乗って橋を渡るぞ!

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 終点まで行こうかと思っていたのだけど、言葉も分からないし、雪も降ってる。そんなワケで、橋を越えたらすぐ下車。オーデル川沿いに歩けば、まあ迷うこともないだろう。下のマップは、バスを降りた時にスクショしたもの。赤い印がバスの終点。青い丸が下車した時の現在地。

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マップを頼りにてくてく歩くとスーパーが…

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 ポーランドの通貨は持っていないけれど、今はカードで何でも買えるはず。何か買うぞ!

 

 お菓子を買おうと張り切っていたのだけど、同じEUだから売っている物はドイツとさほど変わらない。荷物が増えるのもナンなので、無難なチョコレートにした。まだ食べていないのだけど、美味しいといいな♪ (急いだので、ポーランド語表示ではなく、英語表示のを買っちまった… これじゃカ●ディで買うのと同じじゃん。今になって気づいた!)

12日追記:カードの明細を見てみたら、1枚207円だった。やはり安い!ドイツでは100グラムの板チョコは最低でも2ユーロ50(≓ 450円)するので、それに比べると半額以下。

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 雪の中をてくてく歩く… 寒い上に、風景もちょっと寂しい。

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手前はオーデル川の土手、茶色っぽいのは川岸。その向こうに見えているのが川。荒涼とした風景がどこまでも続く…。
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教会?ひっそりとしていて寂しい…

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 行きはバスで渡った橋を、帰りは歩いてドイツ側に戻る。


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 途中、フランクフルト・アン・デア・オーダーの町中で市電が通った。クラシックな雰囲気。

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 旧東独にありがちだった「カール・マルクス通り」。

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映画「Halbe Treppe」に何度も出てきたオーデルタワー。登ってみたかったけれど、時間がなかったので断念。タワーというより高層ビルのイメージ。

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立派な市庁舎。

 

そしてマリーエン教会。戦争で破壊されて、まだ完全には修復されていなかった。旧東独でよく見かける、修復中の教会。

きれいに修復されたステンドグラス。ここだけ見れば美しい教会という印象。

 

終戦直後は左の写真のようだったみたい。右は、まだ修復中の窓。レンガもむき出しになっていた。完成するまでまだまだ時間がかかりそう…。


芯まで冷えてしまったので、市庁舎の向かいにあったカフェへ。ホットチョコレートを飲んでほっと一息。(ところが、上にのった生クリームが冷たかったせいか、混ぜたら一気にココアが冷めてしまった…トホホ)

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時間が押していて、市内には2時間弱しかいられなかったけれど、川を渡ってポーランドにも行けたし、「Halbe Treppe」の舞台も見られて満足!フランクフルト・アン・デア・オーダーは、旧東ドイツ的情景が今も残る町だった。2002年の映画に描かれた、ちょっとたそがれた雰囲気も色濃く残っている。灰色の雪空の下だもんなあ。夏だったらもっと違う印象を持ったのかもしれない。

 

さて、そろそろ戻らなきゃ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の写真その3 ベルリン市内

 イスラエルとアメリカによるイラン攻撃について。イランは国としていろいろ問題があるのは分かるし、一昨年・昨年と、イランの監督が撮った問題作も翻訳する機会もいただいた。特に女性の人権侵害はとても深刻。だからといって国際法を無視していきなり先制攻撃を仕掛けていいのだろうか?アメリカとイスラエルについては、表向きの理由とは別の思惑(利権や野望)が見え隠れする…。

 

 …と、私だけでなく多くの人が思っていると信じていた。なのに、どこかの女性首相とドイツの首相はアメリカとイスラエルの攻撃を支持している。ドイツ首相の演説をネットで直接聞いたけれど、開いた口が塞がらなかった。イスラエルがからむと、どうしてドイツは思考停止に陥るのか…。

 

 そして昨夜。三十年来…いや、四十年来のドイツのお友達からメッセージが届いた。彼女がイラン攻撃を絶賛しているのにはビックリ。学校の攻撃で大勢の少女が亡くなったのも、イラン側の誤爆だとトランプの言い分を真に受けていた。いや、私の考え方が常に正しいなんて思っていない。違う意見に耳を傾けることは必要だと思っているつもり。だけど、どうしてこう180度も違うんだろう…?先日も別の友人と意見の食い違いがあって「??」となったばかり。少し前まで、ドイツ人の友人たちとはこうした問題でも意見が合ったんだけどなぁ…。

 

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 …気を取り直して、旅行記の続きを書かせてくださいっ 泊まったホテルは東側にあり、映画祭の各会場からも比較的近く、フリードリヒ通りまでは頑張れば歩いても行ける距離。便利だった。すぐ隣駅には、ジャンダルメン広場もある。おお!父が写真を撮ったところだ!

 

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 双子の教会、französischer Dom と deutscher Domが劇場を挟んで並んでいるのだけど、これはドイツのほうみたい。ただ、父が撮った時は今ほど建物が建っていなかったらしく、かなり後ろに下がって撮れたみたい。今はびっしりと建物が建っているので、これが精一杯。まったく同じ角度で撮るのは断念した。同じ角度どころか、90度違うかも。円形のドームが見えてない…

 

 

 そしてアレクサンダー広場にある上映会場へ行く途中で撮ったもの。ベルリンの大聖堂の画像は先日も載せてしまったけれど、また載せさせてね♪ そして歴史博物館と赤い市庁舎。

 

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 …いや~もう、寒かった!

父の写真その2 ~ 旧東ベルリンにあるソ連の記念碑

 旧西ベルリンにあるソ連の石碑を見ると、旧東ベルリンにあるほうも見たくなるのが人情というモノ。上映の予定が昼からで、午前中ぽっと時間が空きそうな日があった。うっしゃー!これから行くぞ!

 

 …と、一瞬で決めて、朝食が終わったらすぐ外へ出た。この日は打って変わって極寒。ひゅ~るり~~ひゅ~るり~らら~♪ と、越冬ツバメが鳴いちゃうくらいの寒さ。これに対抗すべく、こちらも着ぶくれ大作戦。ジーンズの下にユニクロのステテコみたいなのを穿き、足元は同じくユニクロのヒートテック靴下。上半身はドイツの友達がプレゼントしてくれたカシミヤ(!)下着にユニクロの極暖を重ね着。寒がりの母が愛用していたカシミヤマフラーをぐるぐる巻き(←30年物!いいカンジにくたくたっとしてる)、モコモコ状態で電車に乗り込んだ。(余談なのだけど、ワタシはこれまでカシミヤとは無縁だった。だけど今回、世間でなぜカシミヤが珍重されるのかよ~く分かった!軽くて柔らかくて暖かいのね~。合繊繊維はたちうちできない暖かさ。高いから自分ではなかなか買えない。母の30年物のマフラーをこれからも愛用しよう!)

 

 ホテルが旧東ベルリンの地区にあったこともあり、目指す場所 ー トレプトアー・パーク(トレプトウ公園)は意外と近い。その名のとおり、広大な公園の最寄り駅で、公園の中にその石碑もある。

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 入り口に凱旋門のような門が立っている。父もここで写真を撮った模様。

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 門をくぐると、すぐに石碑が目に入る。デカいっ!!

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f:id:alichen:20260304074909j:image この赤い大理石は、総統大本営で使われていたものの転用だとの説も。

 

 

 こりゃ、そばまで行かなくちゃね。

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 敷地にはたくさんのレリーフも並んでいた。文字が刻まれているのだけど、なんとほとんどがスターリン語録。いや~ 冷戦時代を彷彿とさせる言葉の数々だ~。

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 まだ午前10時前だったのに、ロシア語っぽい言葉を話す子供たちが大人(先生?)に引率されて集団で来ていた。まだ新しい花が手向けられていたので、もしかしたら先生が用意してきたのかもしれない。社会科見学?ベルリン在住のロシア人?ウクライナのことは知っている?と聞きたくなる衝動に駆られたけれど、子供に罪はないよね。

 

 その子供たちが帰ると、この広大な敷地にいたのは私ともう1人の男性だけ。話かけてみたら、ドイツ語が堪能なフランス人だった!「父が1966年に撮ったのと同じ写真を撮りにきた」と話したら「私は1966年生まれです」とのこと。写真に興味を持ってくださり、そのままちょこっと立ち話。ドイツには旅行で来たそうだけど、ドイツ語がとても流暢だった。

 

 しかし寒かった…!お昼からの上映があったので、後ろ髪を引かれつつ、そしてハナを垂らしつつ再び電車に飛び乗った。

 

 

父の写真その1 ~ 旧西ベルリンにあるソ連の記念碑

 先日、押し入れの中から父の写真を発見したワタシ。今回、ベルリンに行ったら同じ角度で写真を撮るぞ~!と鼻息も荒く、現地に乗り込んだ。一応、ワタシ的なメインは映画祭なので空き時間を利用して写真を撮りに行こうと思った次第。

 

 3日目、初めての会場に行くことになった。Haus der Kulturen der Welt ー 「世界文化の家」と言う文化施設らしい。そこは(最近のベルリン映画祭は会場がか~な~り~散らばっている。必ずしも映画専門の施設ではなく、多目的ホールでの上映も多い。予算的に厳しいからだろうなぁ。。。)ベルリンのど真ん中、Bundestag (連邦議会、国会議事堂)のそば。地図で見ると、父が写真に収めていたソビエト戦争記念碑のすぐ近く。おお!これはチャンスだ!

 

 新しいU5(地下鉄5号線)に乗って Bundestag 駅で下車。この日は唯一、晴れた日だった。

 

目指す石碑は1945年11月11日に建立されたらしい。不思議なのは、これがソ連占領地区ではなく、イギリス占領地区に建てられたこと。ウィキによると、1961年に壁が建設されると、イギリスがここを管理することになったらしい。その後、1970年から1990年まではソ連軍の兵士が警備していたとのこと。その後、ベルリン市の所有に移されたとある。大学生の頃、先生に引率していただいて初めてベルリンへ行ったのだけど、その際に前を通りかかった記憶はある。

 

これ(↓)は父が1966年に撮影した写真。当時、西ドイツの首都はボンだった。

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その60年後。木が大きくなった!向かって右側に見えるのは国会議事堂。比較的最近、建て直されたから見た目が違うな~。

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しかーし。毎回思うのだけど、ソ連の記念碑ってやたらデカいな~。大砲もしっかり展示されている。



 

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記念碑で写真を撮り、そこから歩いて5分くらいの「世界文化の家」へ。この日の上映は、修復されたばかりのサイレント映画だった。ワイマール期に製作されたサイレント映画は大好物。セリフがないから俳優さんたちの演技が少し大げさで面白いし、照明の関係で室内劇が多く(屋外で撮るのはまだ技術的に難しかったとの話)、背景の調度品や出演者の衣装から当時の雰囲気も伝わってくる。

 

上映前、関係者が壇上で挨拶したのだけど、こうした古い映画を修復する予算がどんどん削られているんだそうな。「このままだと、2029年以降は古いサイレント映画の修復はできなくなります」と、理解を求めていた。う~ん、モッタイナイ。そういえば以前、ドイツのとある機関に勤めている方がおっしゃっていたけれど、政権が変わると文化予算もがらっと変わるのだとか。いちばん最初に削られてしまうのが、こういった文化予算だそうな。ああ、モッタイナイ…。


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↑  世界文化の家

 

確かに置いておいたのにぃ~

 パンにバターのスプレッドをこってり塗り、贅沢にもハムやチーズを複数重ねた豪華サンドイッチを作り、ペットボトルの水と一緒にリュックサックへ。いつでもお腹がすいたら食べられるようにしておいたら不思議と気持ちも豊かになった。えっへっへ。ケチケチ生活なのに惨めにならないって素晴らしい。夜遅くにホテルに戻っても、部屋は暖かいし冷蔵庫には食材が入っている。チョコレートも買い込んだし、湯沸かしポットで暖かいお茶も淹れられる。ヤッタ~~!

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(こんなの載せちゃってスミマセンッ。私、こういうブツブツのパンが大好き。こういうのはさすがに、なかなか家庭では作れないな~)

 

 

 …と思いながら部屋に帰ったところ、冷蔵庫の中の食材が生温かい。え?腐っちゃうよ?

 

 …よく考えてみたら、部屋はカードキー式。中に入ったら、カードを所定の場所に差し込むと部屋の電源もつく仕組み。つまり、外出時はカードを抜くため、電源が落ちてしまているのね。うーむ、ここまで気づかなかった!ハムやチーズが腐ると困るなぁ…。

 

 …そこで思いついたのが「天然の冷蔵庫」。大きめのビニール袋にハムとチーズを入れ、袋を窓に挟み込んで風で飛ばないようにして、窓の外に置くことにした。零下だから凍っちゃうかもしれないけれど、腐るよりはマシ。

 

 翌日の夜。冷え冷えになったハムとチーズをパンにのっけて食べることを楽しみにしながら部屋に戻ってきた。窓を開けるとビニール袋は空っぽ。「え?」と、一瞬何が起きたか分からなくて探してしまった。大きな穴が開いており、チーズとハムが消えてる…

 

          か~~~   

                ひゅ~るり~ ひゅ~るりらら~(でもツバメではない)

 

 

 …犯人はたぶんカラス。私の部屋は7階(日本式の8階)だし、外は零下だから鳥は来ないとタカをくくっていた。甘かった。ちぇっ その日はパンにバターだけ塗ってボソボソ食べた(笑)

 

 翌朝。向かいの木に、ドイツでよく見かける白と黒のまだらのカラスがとまっており、やたら「カー、カー」と鳴く。「アサメシ、クレ~」と鳴いているように聞こえるのは気のせいではないハズ。

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(鳩も混じっていたのかも…?聞こえてくる鳴き声は、もっぱらカラスの声だったけれど)

 

 

2月13日の早朝に到着

 インフルエンザはすっかりいいのだけど、じんましんと咳が残っている…。実は「訳しても訳しても終わらない」お仕事のほにゃく中。翻訳者なら誰でも経験することなのだけど、「この分量、終わる気がしない…」とちょっと弱気になっている。旅日記を書きたい!と思っているのに時間がまったく取れない…

 

 …気を取り直して初日のご報告を。久しぶりの深夜便だったので到着は現地時間の朝。うわさどおり寒い…!零下だもんね。日が当たらない所は地面もコチコチに凍っているから「歩く時、気をつけて」といろんな人に言われた。

 

 

 ドイツの交通機関(DBも、ベルリンの公共交通機関も)は残念ながらとても評判が悪い。よく遅れる、勝手に運休になる、突然ホームが変わる、駅員が不親切、usw.usw... 駅員さんが不親切というより、どこにもいない。人手不足なのかな。見つけて尋ねても嫌な顔をされて無視されることが多い。ドイツびいきのワタシだけど、これだけはなかなか慣れない…。

 

 ただ、アプリを入れておくと確かに便利。運休とか遅延の情報もすぐ反映されるし、何番ホームで待てばいいかとか全部教えてくれる。今回は海外用のレンタルWi-Fiも無制限のやつにしたし、実験的に eSIM も2日分だけ契約して行ったので、何の心配もせずにアプリもネットも見放題!便利だった♪ 

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着いたらホテルにとりあえず荷物を置き(午前中なのに、もう部屋に入れてくれた!)、映画祭事務局がある建物へIDをもらいに行った。

 

今年の映画祭のデザインは、これ(↓)。かわいくてお気に入り。

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途中で気がついた。かつて「Mohrenstraße(モーレンシュトラーセ)」という名前だった駅名が変わってる!その駅名のモトとなった通りの名前が「Anton-Wilhelm-Amostraße」(アントン・ヴィルヘルム・アモシュトラーセ)に変わったからみたい。Mohr とはアフリカ系の人たちを指す、あまりよくない言葉。前から議論されてはいたのだけど、とうとう変えたのね。アントン・ヴィルヘルム・アモさんは18世紀の人で、ドイツにおける最初のアフリカ系の哲学者だったみたい。

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フリードリヒ通りをウロウロしていたら、素敵なお店を見つけた!Echt Bürgeler という陶器のお店。DDR時代に友達がこの陶器のコップをプレゼントしてくれたことがあった。今でもとても大事にしている。

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↑ 上から2段目の「新作」は見方によっちゃ~キモい。昔、ハスコラ(集合体恐怖)というのがはやったけれど、それを思い出す…

…早速、ホテルの部屋でお茶を飲むためのコップを買った!ヤッター!! そのすぐ近くに Alnatura という、自然食品のスーパーマーケットがあったので、ここでハムとチーズ、パン、そしてバターのスプレッドも購入。ユーロ高・物価高を乗り切るため、ケチケチ生活に徹するぞ!

 

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2月12日 夜の便で…

 やれやれ、熱が下がったと思ったら全身に薬疹が出てしまった。カユカユ~。インフルエンザって発症したら数日間寝込むと聞くのに、2日で起きられるようになるなんて、すごい薬。だけどそれだけ体への影響も大きいんだな、と実感した。かい~

 

 まだコロナに罹った時のような味覚障害があって、何を食べても苦い。コーヒーなんて「苦」の二乗でとても飲めない。早く味覚が正常に戻ってくれないかな~

 

 さてさて、気を取り直して旅行の日記を書いちゃうよー。今回は2月12日の夜に出発する深夜便でベルリンへ。ルフトハンザはいつも2月にストをやってくれちゃうので、今年はフィンエアーにした。なぜフィンエアーかというと、何年か前にヘルシンキの空港で知らずに食べたブツがあまりにも美味しく、腰を抜かしたから。あれをもう一度!ともくろんでいたのであ~る。北欧でこの時期になると好んで食べられるという噂のブツ。

 

 ヘルシンキに着いて入国手続きを済ませると、そのブツを求めてカフェを探し回ると…あった!!前回とは違うカフェだけど、例のブツが売ってる~~!

 

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上の段に並んでいるのがそれ。Season's favorite という札がついている。左側はピスタチオクリーム、右側はラズベリージャムと生クリーム。私は右側を注文。

 

 

わ~い♪ 早速コーヒーと一緒に注文した。ちなみに物価が高いことで有名な北欧、そして円安。コーヒーと合わせて約2000円ナリ。

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 こうした北欧おやつは、スウェーデンの「セムラ」が有名かも。デンマークでは「ファステラウンスボレ」。フィンランドだと「ラスキアイスプッラ」というらしい。上の蓋(?)をぱかっと外すと、中はこんな感じ(↓)だった。

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 パンはカルダモンが効いていて決して甘くなく、生クリームも新鮮。とても美味しく、大満足。だけど私がデンマーク語の先生に教わったレシピで焼いたやつも負けてないんじゃ?とちょっと思ってしまった。どこが違うかというと、カフェで食べたラスキアイスプッラはパンの表面がパリッとしていたので、業務用の火力が強いオーブンで焼いたと思われる。対して、私のファステラウンスボレは家庭用のショボいオーブンレンジで焼いたので、どうしてもパリッと感に欠けてしまう。あと私は国産小麦を使っているので、なんとなくうどん粉寄り。もちっと感がある。そこが違いかなあ。あとは負けてないと思ってしまった!(←ジマン)

 

ファステラウンスボレのレシピはこちらを見てね♪

alichen.hatenablog.com

 

 

とりあえず、2026年2月のベルリン行きは念願のラスキアイスプッラで始まった~~げぷっ

 

 

戻ったとたん…

昨日、戻ってきたのだけど、機内でずっと寒気がしていた。鼻水も出る。ヤバいな〜と思ったものの、特にフラフラするわけでもなかったので、飛行機の設定温度か低めなのかな?鼻風邪ひいちゃったかな?なんて呑気に考えていた。

 

ところか翌日(つまり今日)、熱が出始めた!ヤバい。コロナ?

 

近所のクリニックで調べていただいたらインフルエンザA型!OMG! 日本では今、B型が主流でA型は珍しいとのこと。やはりドイツでもらってしまたんだな…

 

念のため、機内ではずっとマスクをして過ごしていた。とほほ。

 

治ったらいろいろ書きますね❤️

 

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「帰ってきたヒトラー」(2015)

 ふだんは仕事について具体的には書かないようにしているのだけど、今回は別。今の政治的な情勢に、とてつもない恐怖を感じるから。

 

 配給会社のGAGAさんが40周年記念(めでたい!)で「帰ってきたヒトラー」を全編無料公開してくれている。今の時代こそ、見てもらいたい作品。下をクリックしていただくと視聴できます~。

 

www.youtube.com

 

 

 

 昨年の8月、獨協大学の「ドイツフェス」でお声をおかけいただいた時、この作品のご紹介をした。10年も前の作品だし、別の新しい作品のほうがいいのかなぁとも思ったのだけど、やっぱりご紹介してよかったと思う。公開当時と比べ、ドイツのみならず世界中が右傾化してしまった気がする。もちろん日本も。そして世界のあちこちに大小のヒトラー、大小のゲッベルスがいる…。

 

 

 

免許証の暗証番号

 とある銀行で口座を開設することになった。オンラインでの手続きであ~る。マイナンバーで紐付けされるのがイヤなので、免許証で本人確認の手続きをすることにした。

大昔、免許証の暗証番号は次のように設定していた。この番号が印字された紙ももらったので、お財布に入れて大事にしてある。

 

① ○X▲■

② △○■X

 

と・こ・ろ・が!

 

この紙のとおり入力しても、なかなかアプリが読み込んでくれない。変だなぁと入れ直したらロックがかかってしまった…!(涙) 「ロックがかかりました。警察で解除してください」との非情なメッセージ。トホホ…

 

幸い、警察署はうちから歩いて5分ほど。朝、早速行って解除してもらった。ものの1分。その際に、私の暗証番号を記載していただいたのだけど、①と②が入れ替わっている…!!! なんで?1年半前、免許を更新した時は①②の順番で問題なかったのに???

 

警察の窓口の方は「大昔に設定した番号だと、変わる可能性もあるんです」と。そんなバカな…

 

帰宅してAIに訊いてみたところ、次のような回答が出てきた。何度読んでもよく分からない。

 

*******(以下、ChatGPT のお返事から引用します)***********************************

運転免許証の暗証番号って、実はややこしい

免許証のICには

  • 暗証番号①

  • 暗証番号②

2つが登録されています。

で、ここが落とし穴👇

📌 紙に書いてある「①」「②」

これは
👉 あなたが設定したときの便宜的な番号

📌 機械(警察・ICリーダー)側の「①」「②」

これは
👉 ICチップ内部の項目順(用途別)

この 対応関係が一致しているとは限らない んです。


なぜ「更新では通った」のに「今は逆」なの?

これ、すごく大事なポイントですが👇

✔ 免許更新のとき

  • 警察官(または係員)が

    「こちらが①です、次が②です」
    誘導して入力

  • または システムが裏で吸収してくれている

→ だから 順番を意識しなくても通る

✔ 今回(自分で機械操作)

  • ATMやコンビニ端末などは
    ICの内部定義どおりに番号を要求

  • つまり

    「機械が思う① → 機械が思う②」
    の順番で入れないとアウト

→ 紙の①②をそのまま入れると
逆扱いになるケースがある

*********(引用終わり。2026年1月27日、ChatGPTに照会した結果より)************

 

いまだにこの説明が理解できないのだけど、とにかく入れ替わることはよくあるらしい。なので、免許証の暗証番号がうまく通らない場合は、①②を入れ替えるとスムーズに通ることがあるらしい。次からそうしてみよう。皆様も是非!

 

押し入れはタイムカプセル その6

  さてさて、続き。父は西ベルリンも撮影していた。観光バスの中から撮ったものも多いようで、多くが斜めだったり枠から被写体が外れていたりする。デジタルなら、傾きを補正したりトリミングして整えたりといったことが可能だけど、それができなかったのがフィルムの写真。言い換えると、どれも一期一会だったのだと思える。

 

 これは西ベルリン側のソビエト戦争記念碑。大昔に近くまで行った記憶があるけれど、それ以降は前を通ることはあってもあまり興味もなかった。でもね、よく考えてみると不思議。作られたのは戦後の戦勝4カ国統治の時代。ソ連占領地区ではなく、米英仏占領区の中にこれを作ったというのは、どういういきさつだったんだろう?

 

おなじみ、カイザー・ヴィルヘルム記念教会。白黒のせいか、はたまたピンボケのせいか、現在より「廃墟感」強め。ちょっと怖い…。今はきっと倒壊などを防ぐために手入れもされているのだろう。

そしてベルリンフィル。半分しか写っていないけれど、特徴的な屋根でそれと分かる。

 

続く…

 

押し入れはタイムカプセル その5

 さてさて、続き。某Xにも投稿していたので、ブログに投稿済みの写真はどれなのか、分からなくなってしまった。二重になっていたらスミマセンっ 最近、短期記憶が根付かなくてねえ…(←深刻)。

 

 これはどこかの駅の高架下。旧東ベルリンでは地下鉄が高架になっているところが今もあるけれど、この画像だけではどの駅なのかいまひとつ分からない。そんなわけで、旧東独出身の友達に尋ねたところ、ご主人に聞いてくれた。S-Bahn(辞書の訳だと都市高速鉄道)に乗り換えられ、さらに市電も走っているとなると、おそらく Schönhauser Allee 駅だろうとのこと。

 

 

カラーもあったぞ。出張の1年後に現像に出したのか、プリントには67年の7月と印字されている。フィルム時代はよくあった。24枚撮りとか36枚撮りとかでフィルムが余っていると、次の機会に撮り切るまで現像に出せない。これはジャンダルメン広場にある双子の教会、Französischer Dom か Deutscher Dom のどちらか。AIによると前者だとのこと。私には区別がつかないので、次にベルリンに行ったときに確認するぞ!まだ修復が完了していないようで、てっぺんのドームがない。やはり東ドイツでは教会の修復は後回しにされたのだろう。

 

 

これは屋根に像がのっていることですぐ分かった。ドイツ歴史博物館だ!ここも1966年当時は修復中だったのね。1980年代に東ベルリンでもらった(買った?)絵はがきも私のアルバムに残っていたので載せちゃうよ~。

 

 

 

続く…

 

 

デンマーク語を勉強してよかったかも

 時事ニュースを読めるようになったので(ゆっくりだけど)、毎日デンマーク状況を追うようになった。もちろんテーマはグリーンランド。とても心配。

 

 …もっとも、元々は「植民地」。今でこそ高度な自治が認められているけれど、ここまでの道のりはグリーンランドの住民にとっては苦労の連続だったとの話。だからこそ、独立したいという気持ちは強いらしい(現実的かどうかは別にして)。だからって、そこにつけ込むトランプのやり口はとても卑劣。

 

↓ 飛行機のお腹についているカメラで撮影したグリーンランド(2025年9月)。